元亀元年(1570)四月
金ヶ崎の退き口 —— 秀吉の殿と、お市の小豆袋
通説
浅井長政の裏切りで挟撃の危機に陥った信長が、越前・朝倉攻めの途上から急ぎ撤退した一戦。しんがりを木下秀吉が一手に引き受け、お市が両端を縛った小豆袋で挟撃を報せた——と語られる。
検証
信憑性度は「その主張を支える史料の近さ」の目安です(5=同時代の一次史料、1=史料に根拠なし)。
- 有力
検証 01
浅井長政の離反により、信長は挟撃を避けて撤退した
見立て:骨格はほぼ確か
- 編纂信長公記太田牛一。撤退の経緯を記す側近の記録
- 疑わし
検証 02
秀吉がただ一人しんがりを務め、武功を挙げた
見立て:英雄譚として誇張の疑い
- 軍記太閤記(甫庵)秀吉顕彰の色が濃い後世の読み物
- 編纂信長公記殿には池田勝正・明智光秀らの名も挙がる
- 創作
検証 03
お市が両端を縛った小豆袋を送り、挟撃の危機を報せた
見立て:同時代史料になく、後世の創作
- 創作後世の逸話・講談当時の記録に該当なし